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アトリエ・つくし講師(保田広之・三友紀)の海外研修手記、写生作品のページです。

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私たちが欧州美術クラブ主催の絵画エコールに参加して一ヶ月間でどのようにして古典絵画法を習得したかをレポートにまとめました。
現地はフランス・パリより郊外北へ80キロにあるクレルモンという町で当時ル・サロン名誉会長を務めていたポール・アンビーユ画伯(故)のアトリエでした。
≪第1章≫から≪第7章まであります。
 クレルモンの街のイメージ(チャリティ出品作)
保田三友紀「クレルモンの丘」日曜日の現地写生教会までは1キロぐらい。丘の白い動物は牛らしいです。羊に見えましたが・・・。
その日、風が強く、今でも絵に砂がくっついたままです。(^^)

ポール・アンビーユ邸

保田広之のスケッチ

    

左から「サンリス」、「ポール・アンビーユ邸 」、「アンビーユ邸宅前の商店」、「丘の上のアパート」


≪第1章 準備≫

参加メンバーは7名(写真の1名は現地ドライバー)

(ポール・アンビーユ画伯の講習)

<その1>  渡仏のきっかけ
1982年の春、東京の欧州美術クラブという海外のコンクールなどの斡旋業者からの一通の案内状が届きました。それは、美術年間記載などのデータで適当に全国三千通出したようで私たちの時は参加者が7名。
「第一回・絵画エコール」 4週間のフランスで著名な画伯のアトリエにて直接指導を受けるものでした。

 
ダイレクトメールは毎日のように数々ありましたが、通訳が四六時中付きっ切りで1日3食付き。土日は自由行動やオプションで国内写生ツアーもありました。
当然、費用から言って私たちが易々参加できるものではありません。たった1泊の家族旅行もままならなかった時代で私が27歳。主人は33歳で2児を持つ夫婦、しかも主人が仕事を辞めて教室を2人で始めるようになって間もない頃だったのですから。

しかし、主人はすでに古典絵画の研究を行っていましたので直接本場の技術を習得できるチャンスでもあり教室改革をしないと、教室を維持できないと判断。結果、参加する決心をしました。これが現在古典画技法を中心に制作、つくしでも教えるきっかけとなったのです。

<その2> 習得するための準備 

たった4週間で全財産をかけた研修です。ただ2人で海外旅行に行き、子供たちを犠牲にする訳にはいきません。どんな事をしてでも習得して元以上の収益を上げなければいけない。という決意でした。

私たちの行動は先ず、「第一回目」を見送り「第2回目」までに自分にとって何を習得したいかの勉強をする事にしました。
それぞれの勉強が始まり、私の場合の課題は「流れ」。主人はフランス語を勉強するためにNHK講座を始めました。

しかし私は、基本のデッサンが未熟だと自覚をしておりましたのでフランスまで行きながら基本で終わりたくないのでせめて出来るだけデッサンを勉強しようと、一年間は絵の具は一切使いませんでした。

<その3> いよいよ出発の3ヶ月前

早くも荷物の準備です。用意するものはなるべく荷物を少なく、現地で調達できるかどうか分からないもの総てチェックです。

キャンバスはかさを取るので6号から12号ぐらいまでのサイズ各1本の木枠を一人1組ずつ用意。何枚か張り替えられるようにして、巻いて持って帰れる様にサランラップまで持って行きました。油絵はなかなか乾かないからです。あと、3段式の軽量イーゼル。などなど。

講習には通訳がおりますが、完璧に聞き逃さないように手のひらサイズのマイクロミニ録音カセットテープ。
主人が先生の説明時に写真を撮り、私が図入り説明メモを取って録音する役目を決め、用意周到。

≪第2章 講習≫


庭のある自宅の門に向かって写生をして説明をするポール・アンビーユ画伯
(右は
カメラを持つ広之)

絵の具の使い方  

野外での実演講習がはじまる。
それは、見るもの聞くもの総て驚く事ばかりであった。
1日目は古典画の説明などがあり、野外で実習してくれました。
絵の具が乾いていないのに、次々濁らさずにあれよあれよと言うほど素早く絵が出来上がっていきました。しかも、見たことに無い画法でした。
「どうしてこうなるの?」って感じでした。
私たちが今まで習ってきたことの正反対の事でした。

印象派では、白と黒はなるべく使わない。白は混ぜるとベールをかぶったようにボケる。黒は濁る。

しかし、古典画法では、白と黒は欠かせない貴重な絵の具である。

「白はぼけない」そう教えられたときは恩師が間違った知識であったのでは?と錯覚すらしました。しかし、そうでない。と気づいたのは数年後の事でした。
印象派でも、デッサン力があれば白を使ってもボケる事は無く、自分がポイントのデッサンができなかった為にそうなって、先生が白と黒を抜いて見なさい。と言ったのだろうと推測します。

「黒は濁らない。」使い方で絵をはっきり見せる。ヨーロッパで言う「光と影」は白と黒の使い方にあり、古典絵画だから暗い。と言うわけではありません。アンビーユ先生は古典画法を用いているが、異色画家と呼ばれるほどモダンで具象画である。半抽象のような感じで現在画であり「温故知新」の作品だと思います。

<油絵は透明感が命?>

ポール・アンビーユ氏の代表作品
私は油絵と言うものは不透明の絵だと思い込んでいました。
絵の具を盛り付けたり、削ったり・・・
実は水彩画より透明感が出せます。しかも重みがあり、深いそれが古典絵画の特徴であります。
厚みのある不透明絵の具で透明感を出す技は凄かったです。
「まさか・・・?」と思ったのは、緑の草をピンクの下地にし、乾いてもいないのに上に緑を重ねる。当然濁るものが濁らず、むしろピンクが活きて緑が映えるのです。


私たちは目を丸くしながら見るもの聞くもの総て未知の世界、準備してきたカメラとメモ、テープを録音しながら感心する事ばかりであった。
現在、我生徒たちがその感覚を味わっています。

≪第3章 野外制作≫

アンビーユ氏の庭で制作中

ポールアンビーユ画伯に指導を受ける三友紀
海外に行った先生が、出発前にこう言いました。
「海外に行けば、だれでも絶対絵が変わる。色が良くなる。」と。
誰でも?それで良くならなかったらどうするの?最悪!などと、不安と期待でいっぱいでしたが、写生をしても余り分かりませんでしたが帰ってくれば「なるほど」と思いました。

海外は空気が日本と違い、そのまま見て写生しただけで、絵葉書のように色が澄すむということなのでした。

でも、それでは、海外で写生をしただけでは、帰国後、また元に戻ってしまうと考え、日本のものを描いてもその雰囲気を保てるには第一、本場の技術を身につけること。

せっかくの海外。講習が始まってから、昼間はみんな外に出て写生をしていましたが。でもアンビーユ先生が自宅アトリエにいつも居るのでアトリエに私も居れば四六時中見てもらえると思い、外には短時間でスケッチを済ませて、水彩で色付けをすると庭に持ち込んでは油絵の制作に取り掛かりました。
夫婦で一緒に行動すればもったいない。二人は別行動をとって2倍の効果を上げることにしました。

通訳の方は外に出ている方にも回られるので庭に残ったのはル・サロンで金賞を受賞された日本画家の方と私だけでしたが、その方が、幸いにも英語で通訳をしてくれたので大変助かりました。
私の予想は的中し、1週間の間一枚を徹底的に指導して頂きました。
毎日、夕食時にミーティングのように1日の体験などを話しましたが張り切りすぎてメンバーはくたくた。凄く長く感じた一週間でした。

ホテルの部屋では、それぞれ指導されたことを語り合い、主人も、「それなら自分も庭で制作しないと損だな〜」と2週間目は主人と交代して私は描きたかった教会の中をスケッチしたりしました。ここでも女性は得です。不振な人が居たので私が一人で危ないということで通訳の方がスケッチが終わるまでボディーガードで付いていてくれ、ゆっくり描けたのでありがたかったです!

フランスの夏の夜は明るく、10時まで日は暮れません。
2時間かけた夕食の後でも夜の9時にホテルの庭でスケッチをしていました。             

≪第4章 レストランでのスケッチ ≫

広之のスケッチ

クレルモンのカフェ  三友紀のスケッチ 水彩F4

フランス・クレルモンでの昼食は家庭料理を出してくださると言うレストランでした。
2日間煮込んだ野うさぎや七面鳥まで珍しい料理が多く貴重な体験でした。
それよりも驚くのは食事に2時間も掛けるので日本人としては退屈です。
しかし、他のお客さんも2時間じっと座っているわけで、私は、次の日、レストランで外人をスケッチしようと、スケッチブックを持ち込みました。みんなそれに続いて全員スケッチしたのでした。

丁度、女性が奥で前向きに座っていたので許可なくスケッチをさせてもらい、出来上がってから事情を説明して(通訳の方がおりました。)差し上げたら、たいへんよく似ていると言ってくださり、近くに座っていた男性が、「私もお金を払うから描いて欲しい」と頼まれました。
私は描きたかったですが、アトリエに戻らなければいけないので時間がない。次の日お願いします。と言ったのですが、来ていませんでした。 それはそうですね。同じレストランに毎日来るとは限りません。チャンスを逃してしまったと少し後悔しましたね。(笑)
でも、みんなに外地でも食べていけるね!なんて冷やかされましたが嬉しかったです。


いつでもどこでも時間を無駄にせず、描きまくると誰でも慣れてうまくなると思いますよ。それが私の精神です。

≪特訓の効果と結果≫   
モデル写生

ポール・アンビーユ先生のアトリエはパリ郊外北へ80kmのクレルモンという所。

早速、期間中に滞在するクレルモンに到着した当日、町並み(上の写真)を鉛筆でスケッチしてみました。(スケッチは未公開)
しかし、複雑なところばかりが目に付き、3時間も掛かり、デッサンとはおぼつかない線だけで終わってしまった。
 
それでも、3週間の特訓で4週間目のパリでの自由行動では無駄な線も無くなり、慣れたこともあってスケッチは30分で描き上げられる様になっておりました。

 最終的に滞在中25日間で仕上げた絵は、私一人の分で、油絵7点。水彩や、デッサン、オイルパステルなどで、写生したスケッチブックの数は2冊あまり。写真はフイルム36枚撮り14本となった。

最初はスケッチも1時間や2時間では思うようには描けず、全て未完成のものばかりだったのですが、何度も訓練をしていると本当に時間が掛からなくなります。スケッチはコツさえつかめば練習で誰でもうまくなります。
 
でも、今思えば結婚などした後にはなかなか海外など行けるものではありません。若かったからこそお金の余裕も無いのに全財産を使い果たして無茶なこともできたのだろうな〜・・・としみじみ思っています。

 ただ一つ思い残すこと。それはあの頃未熟だった為、思うように描けなくてせっかくの海外の風景もあまり描けず残念!それに、古典画を目の前にしながら、見てもあの頃は全く無知で分からず、もったいない事をしたな〜と。もう一度だけ腕試しにスケッチ旅行もしたいです。

初めての海外旅行の注意>
 初めての海外で物めずらしくて、空港に到着するなり、あっちこっち無駄に写真をとり過ぎ、あっという間に1本使ってしまいました。
帰ってみれば何も参考になる物無し。
昔はデジカメも無く、写真は現像料もかかって、大変無駄が多かった。
写真の場合、撮り過ぎに注意しましょう。

現在ではフイルムの要らないデジカメがとても便利で、私はいつもかばんに入れて持ち歩いています。車に乗っていても、時間的にすごくいい色やいい景色が目に入ると車を止めて、撮影します。わだわだ風景などを撮りに出かけてもなかなか構図や色のいいところは見つかりにくいものです。海外でなくても家から一歩出ればどこにでも資料はあります。
注意深く探してみてはどうでしょうか。      

≪第5章 休日のミニスケッチ旅行 ≫

<シャンティー城>

保田広之の作品
ミニスケッチ旅行での資料でアンビーユ庭で制作。

お城の外観がよく、とても綺麗なお城で中は美術館になっており、600点の作品があります。
私達はフランスに来てはじめての古典絵画の出会いでした。
あまりの迫力と、すばらしさに圧倒され、感激とショックが「今まで描いて来た絵は絵とは言えない。絵描きや〜めた!」とメンバー全員が口を揃えてお城から出てきました。
<ゴッホの教会>
三友紀F4ペン・オイルパステル
 講習は土、日曜日はお休みになるので、週末の土曜日にはオプションであちこちマイクロバスでスケッチ日帰り旅行に連れてくれました。
バン=ゴッホの描いた教会、その近くにはゴッホ兄弟のお墓もありました。ゴッホのかつてのアトリエは約6畳ほどの小さな屋根裏部屋にそのまま残されていました。一階はカフェ。二階はギャラリーになっていました。でも20年以上もたつ今、どうなっているかは私たちには分かりません。

≪第6章 講習最終の週≫

 
旅行日程は27日間。第4週間目、講習が終了し、
パリに移動。パリでは一週間の自由行動(効果を試す実践スケッチ)が待っていました。

期間中に制作した作品を一同に並べ批評を受ける。
右の固まりは三友紀、左の固まりは広之の作品です。
私達は油絵一人7枚ずつ仕上げました。パリでのスケッチを併せると、
スケッチブック(水彩、デッサン)一人2,3冊あったと思います。
一ヶ月で凄い収穫!
クレルモンの夏は日が暮れるのは午後10時。9時でも写生ができます。
1日8時間は描いたと思います。

アンビーユ先生とツーショット
お別れパーティで。

<帰国後の私たちの目的>
印象に残ったポール・アンビーユ氏の言葉は、「私の持っている総ての技法を習得して全部持って帰ってくれて結構です。私自身の技術そのものは決して取られることはありません。」と。 
日本人と外人の考え方の違いに大変感心し、私たちも見習う事にしました。
私たちのありったけの知識や技術を生徒に教える事により、生徒に追いかけられ、もっともっと自分たちが研究と努力をしなければなりません。それにより、共に向上して行く事と、古典画技法を広めて伝えていきたいと言うのが私たちの目的です。


≪第7章 最終回・パリ自由行動にて≫



フランス・パリ チェイルリー公園 F15号油絵 帰国後スケッチを元に制作。
保田三友紀 (1987年中国い坊博物館寄贈) 

 
旅行日程は27日間。第4週間目、講習が終了し、
パリに移動。パリでは一週間の自由行動(効果を試す実践スケッチ)が待っていました。
 私のフランスの講習の一番の目的は「流れ」という意味を知る。と、いう事でした。
とにかくスケッチ、スケッチ、スケッチ。
<アンビーュ邸周辺の現地制作>

クレルモンの教会内 デッサン

デッサンを基にフランスで油絵制作。
ステンドグラスの色はスケッチブックに水彩で別に着色して参考にしました。

パリでの一日目は確か、ノートルダム寺院や観光名所、ピカソの作品などがあるポンピード美術館、ルーブル美術館を回り、案内して頂きました。
 ここでも、時間は無駄にはしません。
ルーブル美術館では一番乗りで、並んでいたのですが、当時の中庭には現在のようなピラミッドの玄関は無く、コの字型の美術館のみで、建物が玄関と同じ形のものが多々ありました。ですから、開館するまでの待ち時間自分たちはくるっと回り、後ろ向きになって目先にある建物ものをスケッチしました。

現在のことは知りませんが、丁度日曜日であり、日曜日の美術館が入場無料には驚きましたね。
しかし、1日ではとても見られないので、私たちは急いで走り見をして、きちんと見たい作品をどこにあるかを覚えておいて、2日目、再び美術館を訪れ、それらをじっくり鑑賞致しました。

絵画のほか、階下には彫刻があって、間違えて入っていきましたら、手の届きそうな所に凄い彫刻が所狭しとありました。私はあまり興味がないのですが、光栄にも、たまたま最古の坐像に出会いました。何も知識が無かったのですが、帰ってから、NHKで4年間の取材で1年間放送された「ルーブル美術館」で知ったのです。あの広いところで?と信じられない気持ちでした。
 
自由行動には通訳が付きません。
メトロ(地下鉄)の乗り方だけ教えられ、回数乗車券と地図を渡されましたが、もちろん初めての海外旅行です。
 私たちは字も読めないので、アルファベットの頭文字を頼りに目的の駅に向かうことにしました。
中途、同じアルファベットがあり、焦りましたが、色んなところを手当たりしだいスケッチブックに何枚も描いて帰国後、油絵の作品になりました。

この最後の自由行動で、やっと自分の絵の中で「流れ」を見つけることができたのです。
上は写真ですが、実際には肉眼で下のスケッチのようにエッフェル塔が大きく見えます。立ち木は写真のように大きくは見えませんでした。
写真で描いたりすると、レンズには遠方がとても小さく写ります。
この絵を帰ってからじっくり見ましたら、見た通り自然に描いたつもりですが、暗いところを辿ってください。先生の言われた言葉の波のような「ムーヴ」がありました。
エッフェル塔の中にも!!動き、そして画面全体の大きな流れがありました。 この絵が最後に成果が現れたのだと実感し、「これだ!」と、感激しました。

私たちは本当にいい経験をしたと思います。数々の思い出と、すばらしいポール・アンビーユ先生や一緒に参加したとても気の合う方々や、とっても親切な通訳の方にも恵まれ、とても有意義な旅でした。この経験は私たちにとって誰にも奪われない一生の宝です。
広之のデッサン、現地油絵作品も紹介したいのですが、ありすぎて紹介し切れません。いずれ紹介したいと思います。
これをもって、このシリーズを終わります。       

手記   保田三友紀

アトリエ・つくし 住所
〒640-0414 和歌山県紀の川市貴志川町国主144−8 
保田広之  保田三友紀  
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